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ほんとの日々

ほんとの日々

姫さまの履歴書

2008年3月に ミュージカル に出させていただきました。
その際の稽古で役の履歴書提出の課題があり、書いたものです。
鬼になるほど恋をした、平安時代のお姫様の役でした。
脚本では姫さまの過去にはそんなには触れられてはいなかったのですが、
実はこんな人生を送っていました(笑)
あ、もちろん、フィクションですよ!
でも、私のなかでは実在の人物なのです。


●姫さま

冷泉三年皐月の四日(968年5月4日)陸奥安達郡(現・福島県二本松市)、
清和天皇の曾孫である従五位下源兼信の娘として生まれる。
家族構成は父と兄が2人。体の弱かった母は姫の出産がもとで死亡。次兄・重之は皇太子に「百首歌」を献上、後世盛んに行われる百首和歌の祖とされるほどの歌人である。
母を知らない1人娘を可哀想だと思った父と親子ほどの年の離れた妹が可愛くて仕方がない兄達に蝶よ華よと大事にされ、桜や紅葉など四季折々の花を愛でることを好む、良くも悪くも人を疑うことを知らないおっとりとした優しい朗らかな娘に育つ。
また秀でているのは五感。幼少から虫の音、雨が降る前の空気、花の香りなどの自然の変化、人の心の動き、特に痛みには敏感であった。
母なし子と蔑まれないようにと早くから父の雇った女官にひらがなの手習い、歌の修辞、礼儀作法を学ぶ。
叔父の源兼忠の養子となり都に移り住んだ重之が友人の平兼盛を連れて里帰りをしたのは姫7歳の頃。
彼らはすぐに都に帰ったが、兼盛はその後も現れてはよく姫に文を送ってくれた。兼盛との年の差は35。姫は父のように慕っていた兼盛からの文を心待ちにしていた。特に嬉しかったのは姫を山吹の花に例えてくれた歌だ。口には出せないがいつか兼盛と祝言を挙げたいと思った。初恋だった。
文のやりとりを始めて6年めの1月。姫13歳の冬。兼盛から届いた文に姫は愕然とする。
「…みちのくの安達の原の黒塚に鬼籠もれりと聞くはまことか」
実はこの文は姫に結婚を申し込んだものだったのである。だが大好きな兼盛に鬼だと言われたことの衝撃のほうが大きく、姫は文を返せなかった。
それきり、兼盛からの文は来ない。
だが、もう自分から文を出すことはできなかった。
それから半年、父は黙っていたが姫は里帰りした兄が父と話をしているのを聞いてしまう。
「兼盛は昨年(正歴元年)12月に風邪をこじらせて亡くなった」
姫がこのことを聞いたのは14の誕生日を迎えた5月。山吹の咲く頃。最後の文をもらった直後に兼盛は亡くなっていたのだ。
話を聞いた晩、姫は誰にも気づかれぬよう泣いた。父や兄には自分は知らぬままと思わせたかった。
泣きつかれていつしか眠りについた。夢の中で兼盛に出会う。優しく笑って髪をなで、山吹の花をかんざしのように刺してくれた。しかし、目が覚めたら兼盛はいなかった。朝の光に兼盛を奪われたような気がした。
それから5年経った996年(長徳2年・姫19の頃)、重之が下向となり陸奥国に帰ってきた。一緒にやってきた男を見た姫は倒れそうになる。
口元がどことなく似ていたのだ。藤原実方は見たこともないような美しい公達。
外見は全く違うのに、兼盛と重なったのだった。
それから、まもなく実方から文が届くようになる。初めは実方に兼盛を重ねていた姫だったが、いつしかその優美な振る舞いと歌に夢中になっていた。2人は恋人となった。
三年後(姫22の頃)、実方はぱったりと現れなくなる。実方には恋人が多いとの噂を聞いていた姫は、不安に押しつぶされそうになる。実方を待ち、朝を迎える日が続いた。
御簾越しに手を合わせ、今宵またと別れてからひと月後、姫は女官が泣いているのを見る。
「姫さまがおかわいそう。実方さまはもう馬の下敷きになって亡くなられているのに」
姫は叫び出したかったが、口を抑えた。父も兄も女官も誰も、悲しませたくはなかった。
その後、実方の亡霊が出没するとの噂を聞いた姫の魂は気がつけば加茂川の橋の下にいた。夜更けに実方が現れた。亡霊と分かってはいたが、目の前の実方に姫は愛しさしかない。口づけを交わす。だが朝と共に実方は消えた。
その時、急に兼盛との別れを思い出した。2人を奪った朝の光が憎いというよりも怖くなり、姫は動けなくなった。涙は流れているが、声は出ない。悲しい、寂しいを越え、心が空っぽになったのだった。朝が来るとわらわは置いていかれる。ただ、わかるのはもう朝を迎えるのは嫌だということだけだった。
それからどのくらいの時間が経ったかはわからない。もはや、自分さえ誰だかよくわからなくなっていた。
そんな中、急に心をよぎったのは
「みちのくの安達が原の黒塚に鬼籠もれりと聞くはまことか」
そうだ、わらわは鬼だった。
1人きりの館に迷い人が来た。疲れきって眠った彼の肝を食べた。気持ち悪いし、つらいだけだった。だが、全て食べた。
こうして、姫は鬼となった。
しばらく経って、ふとさゆりを見つける。呼び寄せたのは食べるためではない。
さゆりの痛みにかろうじてあった心が強く反応し放っておけなかったのだ。
こうして、一人二人と心の痛みにもがいている女を呼び寄せた。彼女たちも食べようと思ったわけではない。ただ女たちのつらさが自分のことのように痛かった。
穏やかな日々にいつしか笑いが戻ってきた。ただ時おり現れる迷い人には酒を浴びるように呑ませては眠らせ食べ続けた。肝を食べる自分におびえ逃げ出そうとする女も多くいた。置いていかれる不安を拭いたいがために、その女達を心の中から消していった。一時は薄らいでいた置いていかれること、朝が来ることへの恐怖は再び増していく。食べることは止められなくなっていた。
そして心がどんどん苦しくなってきた頃、幻覚を見るようになる。
もうずっとあの嫌な朝は来ていない。だが、この穏やかな時間をこの幻覚は崩すような気がするのだ。
鬼は怯え始めた。


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